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いすゞGEMINI




■ジェミニの背景

 日野や三菱ふそうと並ぶ大型車両の製造会社として、もう近年ではトラックのイメージが定着してしまっただろうか。いすゞというブランドの小型乗用車や、スポーティでキレの良い運動性能を秘めた2ドアクーペ、あるいは未来を予感させるスタイリッシュで有用な自動車があった事を覚えているのは、いまの年代でいえば三十代辺りに境界があるような気がする。

 ベレット、117クーペ。そしていすゞが最後に異彩を放ったピアッツァ。

 小型ファミリーカーとして誕生したベレットは、後に117クーペに積まれていたツインカムシャフトを持つ1600ccエンジンを搭載し、ベレットGTRとしてその名を轟かせた。

 117クーペは、その卓越したボディデザインと運動性能で同年代の日本車に大きく水をあけた。生産台数が少ない事もあり、ヨーロッパの自動車と勘違いされる事もしばしばあった。カロッツッェリア・ギアのジウジアーロがデザインの基礎を手がけたとされる洗練された車体は、現在の相車眼で眺めても遜色がない。

 1981年には、ウェッジシェイプを特徴にした直線的なデザインを持ちながら、広い車内空間と大きなグラスエリアを備えたピアッツァが登場した。やはりデザイナーにはジウジアーロを起用し、いまなお世界に通用する形を持った数少ない日本製自動車を売った。いすゞが乗用車市場から撤退した事が悔やまれて仕方ない。

 ジェミニの歴史は意外に長く、初代はFRレイアウトをとる小型クーペを1974年に発表。いすゞのウェブサイトによると、1971年にアメリカGM社との提携により、世界のどこでも作られるクルマを目指したワールドカー構想「Tカーシリーズ」の先駆けとして、双子座を意味するジェミニと名付けたクルマを生み出したとされています(いすゞ>GEMINI)。

 後の1985年。時代の要求に応えるようにFFレイアウトをとった二代目が登場。

 石畳の上をクルクルと回転しながら走るコマーシャル映像はとてもインパクトがあり、「街の遊撃手」というキャッチコピーが完全に合致した傑作だった。まもなくデュアルカムシャフトを備えた1600ccエンジンを乗せ、さらに運動性能は向上。そしてなおもハンドリング・バイ・ロータス、あるいはイルムシャーRと名付け、独特のサスペンションチューニングを施されたFFジェミニが一時代を築いたのだった。

■ジェミニ

 さて、MGBと蜜月を楽しんでいた頃、そうは言ってもやはり足になるクルマが欲しい。長い距離も、高速道路も、山坂道でも街なかでも、きちんと走って曲がり止まる事のできるクルマ。それでいて人も物もしっかり運ぶ事ができるクルマ。さらには手頃な価格のクルマ。

 こんな条件を積み重ねると、星の数ほどある日本製の自動車だが、とんと見つからない。ボディ重量は1トン、全長は4メートル、車幅は1.6メートル。こんなクルマは、とりもなおさずジェミニしか無かったのである。

 そうして探し出したジェミニは、8年間を乗り回された後の中古車だった。

 イルムシャーバージョンとはいえ、レカロシートとツインカムエンジンが付いただけの外面イルムシャーだったので、イルムシャーRに採用された専用のサスペンションキットを換装し、それは心地好いクルマとなった。まさに街の遊撃手。山道であれ、高速道であれ、まったく意のままに動かせる。センターピラーにウィンドウフレーム、トランクリッドを備えた、純粋な4ドアセダンでありながら、その気になれば強引にテールスライドをさせて駆ることもできる。何よりも乗って気持ち良いクルマだった。

 それまで前タイアが駆動する自動車は、実に乗りづらい印象があったけれども、ホンダシビックと、このジェミニの二種だけは、車体バランスとエンジン特性、そしてサスペンションの味付けが見事にバランスを保ち、良い靴を得たアスリートのような気分を堪能したのだった。まったく素晴らしい。

 ジェミニは当時、欧州各地でも販売されていたという。どれほどの数が海を渡ったか知らないのだけれど、きっとヨーロッパの人々にも「フツーのクルマ」として愛されたにちがいない。それほど日本離れした様々なチャームポイントを備えた小型乗用車だった。

 ホイールハブは、ホールの回転をスムースに行うために重要な部品である。摩耗が始まると、車体の荷重が左右へ移動する度に「カタッ」と小さな振動を始める。やがて回転するだけで「ゴー」と音を出し、果てには加熱されて焼き付く。走る曲がる止まるというクルマの三大要素に直接かかわる重大な任務を担っているわけだ。

 ジェミニは、ついに後輪のハブが小さな振動を起こし始めた。カムカバーから滲むオイルの量も増加してきた。冷風を作るフロンガスも漏洩が止まらない。おそらく早晩には、コグドベルトの交換もせねばならないだろう。

 長らく過ごした蜜月だったけれども、いよいよお別れの時を迎えたようだ。

 それは想像した以上に淋しく辛い思いに苛まれる時だった。なんとか乗り続けたい思いが断ち切れなかったけれども、だから云って購入価格を超えるコストを投じて乗り続ける事も困難。惜別という言葉が相応しい未練に溢れた最期だった。

 MGBが居座るガレージの棚の奥には、ジェミニから取り外したヘッドライトやフロントノーズのガーニッシュ、イルムシャーのバッヂなどが今でも遺品のように安置してある。薄っぺらいキーを捻り「シュルシュルッ」と軽い音をたてて回り始める4XE1型エンジンを、何とはなく懐かしく思い出してしまうのだった。

 後にも先にも日本の自動車メイカーは、良きに付け悪しきにつけ、これほどまでに欧州風味のクルマを世に出した事が無い。不世出のコンパクトセダン。



* いすゞGEMINI *







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