いまでこそトヨタやホンダは世界に名だたる自動車のブランドとなったけれど、わずか数十年前に世界的大衆車と云ったらフォルクスワーゲン社のクルマを指していた。レクサスが世界を震撼させたことは記憶に新しいのである。
MGBが大好物と云いつつ、しかし足として乗るクルマは必要で、スバル社のサンバーは便利で良いのだが、遠乗りに向かない。趣味とは別のしっかり使えるクルマが生活には必要なものなのだ。
タイプIビートルを手放した後(実はダイハツ社のミラも同居していたが)、やってきたのはかのゴルフ。96年に生産ラインを出たゴルフIIIだった。
オートマチック・トランスミッションなんか大嫌いだったが、主要な運転者が好んでは仕方がない。GTIに気付いてはいたが、しかるに高価。バリアントも良かったが、なにしろ長い。そうしてフツーのゴルフIII(CLI)に巡り会った。
たいした思い入れは無く、二つしかないペダルの片方を踏み込めば、たちまち加速が始まり速度メーターを端まで舐める。大きい方を踏めば、ABSというのが作動して、なかなかジェントルに減速して停まる。なるほど、これが世界の大衆車か。
ゴルフのシリーズは伝統的に、日本の自動車に比べて排気量が車体を上回る。この程度のボディサイズなら1800ccと思いきや、しっかり2リットル近い燃焼室を持っているのだ。その余裕は高速走行ですっかり発揮されるのだった。
大衆向けのクルマとは云え、ドイツの生活環境は日本の家庭とは異なる。団地を出て角を曲がると食品スーパーマーケットがあり、その先に子どもが通う学校もあり、実は自転車で事足りる範囲を日本では、いちいち自動車に乗る。
遠くへ出かけるときには父さんの大きな自動車とか、家族がまとめて乗り込めるマイクロバスのような乗用車があって、その排気量と云ったらもはや3リットルを超えるのである。
すると必然的に、街乗り専用の味付けが好まれるようになり、現代の日本にあるコンパクトカーは、ストップ・アンド・ゴーを如何にスムースにこなすかに焦点が当てられた。
ところがドイツの暮らしは、何台もの自動車を目的別に所有できる裕福層は、さほど多くない。だから人と荷物を積み込み、街の中でもアウトバーンでも、安全に動かせる性能とクォリティが求められたのである。
こうしたコンセプトを具現化したのが、まさしくフォルクスワーゲン社のゴルフだった。
アウディ社とのコラボレーションで徐々にボディサイズを拡大したゴルフだったけれども、暮らしの需要はさほど急速には変化しない。それを知ってゴルフに代わるポロを生み出し、依然として世界各地で大衆車の神髄を貫いているのだねえ。
自動車はドイツ人が創り、イタリア人が速くし、フランス人が飾って、英国人が乗る──そんな英国のユーモアがあると云う。独創的でコンセプトに忠実なクルマは、なかなかお目にかかれない。
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