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§2) 写真と散文





自動車道楽

 1963年というと、東京でオリンピックが開催される更に一年前まで遡る、いまから36年も前のことである。そのころ日本の自動車界では、マツダは初代キャロルを発売し、ホンダはSシリーズで若者たちを魅了していた。

 ご周知の方も多いか、英国のスポーツカー「MGB」がガレージへ居座ってから、今年10年目の夏を数える。彼が生まれた...英国で生産されたのは1963年の夏のことで、それはとりもなおさず私自身と1ヶ月と異ならない、まったくの同年配なのだ。

 さて、彼と暮らし始めたころといったら、同好の士と自動車クラブなんぞを立ち上げ、モータースポーツや様々なイベントへMGBを連れ飛び回っていた。なにしろ古いが故に信じられないような壊れ方もしたし、それをガレージで修理することも、また愉悦のひとつであった。

 が、時が経つにつれ、水の絶えた花がしおれるように自動車道楽から遠ざかり、2年前の大修理を最後に、とんと工具を持たなくなった。それでも彼は威勢良く走り続けていたのだけれど、過日、遂にトラブルを再発したのである。

 どこか、なにかに似ている...。

 思うが侭に走り続けて20代を謳歌したMGBは、30代の半ばを迎え手入れが成されなくなると、同時に不具合を訴える。ふむ、運動不足を自覚してから4〜5年が過ぎたこのごろ、そういえば膝や腰などに気だるさを感じる。どうもこのままではいかんようだ。



 どれ、久しく握っていなかった工具を持ち出すとしよう。MGBのエンジン、サスペンション、そうだ内装にも化粧をしてやろうではないか。36年も前の自動車を現代の交通事情に順応させるのは、まぁ容易ではない。 しかし、部品を取り替え調整を施し、しかるべき手入れをしてやれば彼は必ず応えくれるだろう。

 少々の時間が必要かも知れない。知恵と技術も無くてなならぬ。コンピュータの前に座ったままの毎日より、しかし、そのほうが愉快というものだ。

 まもなく春がおとずれる。桜の並木を縫いMGBで疾走する気分は、何にも代え難い感動がある。屋根が無いだけに、自然の音や匂いは極めて直接的に五感へ伝わるのである。嗚呼、快感。

 部品が手に入らない...? さにあらず。昨今、至極便利なインターネットという手段がある。10年前、国際電話やファクシミリで奮闘した五里霧中を思えば、英国の部品屋へ注文の電子メールを送ることなんぞ、まるで造作もないことだ。

 今年の目標。MGBをレストレイションし、田舎道を駆け回ること。併せて私自身の体も手入れをしてやらねばなるまい。満36歳。兎年生まれ。両者とも、そろそろやばい...。

(1999年記す)


* 自動車道楽 *


* この文章は「Nob's Extra」から転載しました。






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