トップページ > §2) 写真と散文 > 親友のMGB
<< PREVIEW





§2) 写真と散文





親友のMGB

 「何とか公道デビューできました!」と、一報が飛び込んだ。

 待ちに待ったMGBのレストア完了である。目出度い、まったく大いに目出度い...あ、いや、親友のMGBである。

 ひょんなことから氏に出逢った。大阪のとある街に住む彼は1台のMGBと暮らしていた。予期せぬアクシデントでMGBを失われ、道楽から足を洗うか、さもなくば壊れたMGBを元の通りに復元するか、その選択に逡巡されていた頃だった。

 MG遣いが集うNiftyServeのフォーラムで、氏は困っている旨を書き込まれた。逢ったこともない、話をしたことさえなったけれども、もしかしたら役に立てるか----お節介も甚だしく知る限りのことを返答した。それが始まりである。

 しかし聞けば、MGBは相当なダメージなのだそうな。再生できる部品、新たに用意せねばならぬ部品、果ては部品取りのMGBまで用意され、これからレストレイションに挑もうとされる。

 確かにMGBは、それぞれの部品が正しく装着され、性能を充分に発揮すれば必ず動く。生き物に例えてゴキゲンが悪いとか、今日は調子が良いとか比喩されるMGBではあるが、自動車とは、実に論理的に動いている機械なのだ。だから整備すれば、必ず動く。しかし...。数千点、いや万にも及ぶ部品の一つ一つを正確に組み立て、一台のMGBを蘇生させるなど、果たして本当にできるのだろうか。自分自身のMGBを分解しては組み立てたけれども、本格的なレストレイションなど経験が無い。



 親友とのメールのやり取りが始まった。

 「ハーネスと配管関係を終わらせようとして壁にぶち当たりました」

 「私のMGBの実車は2fuseなので、この配線図が信用できなくなくなってきました」

 「さて、次回はブレーキ、クラッチ、フューエル、パイプと共に配管を行います」

 次々に寄せられる詳細な便りに、いつしか我が相棒のMGBを重ね合わせ、想いを馳せるようになっていた。

 秋には復活させてやろう...検査が満了したことさえ忘れてしまう毎日の激務にあったそのころ、ガレージで昏睡するMGBに手を掛けてやることが叶わないやるせなさが、そうさせたのだろう。とにかく親友のMGBが我が事のように気になって仕方なかったのである。

 一報をもらい、大喜びをした。そして古いメール----親友とやり取りした過去のメールを一通ずつ読み返してみた。そこには親友の数十ヶ月にも及ぶ、挫折と歓喜が綴られていた。また嬉しくなった。

 走馬燈のように脳裡を駆け抜ける思い出の中には、思い余って大阪へ参上した顛末も書き綴られていた。約束の場所を勘違いし、予定の時間を大幅に遅れたにもかかわらず、先輩まで誘い温かく迎えてくだっさった大阪の夜。ブリティッシュガーデンに囲まれたバーで酌み交わしたギネスの味までが、鮮明に蘇った。

 クルマ仲間。同じMGBを持っているというだけなのに、こうも馬が合うとは、いったい何故だろう。

 同じような苦悩と、似たような愉悦を共有しているからか。まだ数年でしかない親友とのつき合いは、もはや十年来の知己である。理由なんてどうだって良い。とにかく嬉しいったらありゃしない。願わくば大阪へ飛んで行って祝杯を挙げたいところだが、侭ならぬこの夜は岩国で乾杯。ガレージで眠る我がMGBのもとへ歩み寄り、曇ったミラーへグラスを合わせる。おめでとう!



 そんな折りも折り。またしても衝撃的に親友を得た。

 今度は広島に住まうMGオウナーである。こちらも同様、とあるWEB掲示板でたまたま出逢ったことに端を発し、たった一通のメールで突如として親友と相成った。

 まったくMGとは、未だ眠りから覚めぬ状態にあって、なお類は友を呼ぶ摩訶不思議な自動車ではある。

 そろそろ、なんとかしなくちゃな...。



* 親友のMGB *


* この文章は「Nob's Extra」から転載しました。






プライバシーポリシー
UP
<< PREVIEW
[サイトマップ]

Recommended Site